【対話篇】Vol. 1

塩原ゼミの本質に迫る「対話型」連載企画。

その記念すべき初回は、現役生3名を集めてクロスインタビューを敢行。

「私の大学生活」をテーマに、自由に語ってもらいました!

(取材・文/HP編集部)


今回の「対話人」たち

岩田陽介(いわた・ようすけ)

7期フィールドトリップ係。

内部進学を経て法学部政治学科に入学後、

国際交流団体などで活動したのち塩原ゼミに入る。

研究領域は池袋のチャイナタウン。チャームポイントは横顔。

松坂くるみ(まつざか・くるみ) 

7期OBOG会係。日本で暮らすムスリムに興味を持ち、

卒論執筆においてはインタビューなども積極的に行っている。

好きな食べ物は「モチモチしたもの」。

永岡拳治(ながおか・けんじ)

7期のムードメーカー。

オーストラリアへの交換留学を経て、3年生の冬から塩原ゼミの活動に参加。

ダンスサークルでも積極的に踊っている。


「懐の深さがあった」

——なぜ、塩原ゼミを選んだのか教えて下さい。

 

岩田 社会学の授業で、先生が「対話」というキーワードを何度も口にされていたのが印象に残っていて。「深く話して、深く考える」ところに重点を置いているのがいいなと思いました。オレも色んな考えを持っている人たちと深く話し合ってみたいなと。

 

松坂 私は、正直に言うと、友達が欲しかった()。元々、メディアコムのゼミには所属していたので、学部のゼミに入るつもりはなかったんです。でもメディアコムのゼミは、同学年が1人しかいなくて。そこの先輩にも、「3年生以降はみんな学部ゼミのコミュニティ中心に行動するようになるから、入った方が良いよ」と言われた。それで学部ゼミの募集の時期になって、自分の関心について考えたときに、塩原先生の関心領域が私の領域にいちばん近いなと思ったので。

 

永岡 まず、楽そうだったから()。実際は結構大変だったけど()。あと、僕はオーストラリアに交換留学することが決まっていたので。塩原先生の専門がオーストラリアだということを知って、留学から帰ってきた後にその経験がゼミで何かしら活かせるんじゃないかなと思って、興味がありました。それで、たまたま知り合いだった塩原ゼミの先輩に相談したら、塩原先生の著書『共に生きる』を読むことを勧めていただいて、読んでみたらすごく共感して。すぐに『俺、このゼミ入ります!』って宣言しました()。あと、オープンゼミに行ったときに、先生に「あなたの人生をひとことで表すと何ですか?」ってワケわかんない質問を投げかけられて、「桃太郎の桃です!」って答えたら何故か当時のゼミ生の人達にすげえウケて()。初対面でも自分を受け入れてくれるような、懐の深さがあるなと思った。

 


「時間をかけて交流できるのが嬉しい」

——大学1,2年生の時は何をしていましたか?

 

岩田 まず、テニサーに入り()

松坂 テニサー入ってたんだ!?

岩田 そう。チャランポランな生活を()っていうのは冗談で。そのサークルはすぐやめてしまいましたけど、あとの期間はインターンしたり、短期留学してみたり、語学の勉強とかを。

永岡 くるみは何してたの?

松坂 私は、国際交流サークルで活動してました。小さい頃からずっと記者になりたいと思ってて。そのきっかけが海外、アジアだったので、いろんな国に行って、見てきたことをフリーペーパーの記事にして伝えるっていう活動をずっとやっていて。

永岡 なんで記者になりたいと思ったの?

松坂 12歳のときにテレビのドキュメンタリー番組を見て。フィリピンのとある地域のゴミ山に暮らしている女の子の映像だったんですけど、それを見て、世界で起こっていることを伝える仕事に就きたいなと思って。

岩田 そんな小さいときから。すげえなぁ。

松坂 ずっとその目標を叶えるための準備や勉強をサークルの内外でもしていました。ただ、サークルの活動では、海外に滞在して活動しても、1週間とか2週間とかの限られた時間しか、自分が知りたい人々とふれあえなくて。その人たちにとって、私は単なる「通行人」にしかなれないんじゃないかというジレンマを感じてました。信頼関係を築くのには時間が必要だし。だけど塩原ゼミに入ってからは、毎週フィールドワークをやって、長い時間をかけて交流できるのが自分としてはすごく嬉しいんです。けんじは、1,2年の時は何してたの?

岩田 授業サボって踊り狂ってたんでしょ?()

永岡 授業にはちゃんと出てました()。交換留学に行きたかったから、そのためにも良い成績を取りたいなと思って。大学の授業の勉強と、英語の勉強中心の生活でしたね。

松坂 けんじはいつも授業に出てたよね。岩田は知らないだろうけど()

永岡 あとはダンスサークルで活動して、ときどき国際交流サークルとかにも顔出しつつ。

岩田 なんで、そんなに強く留学を志望してたの?

永岡 うまく言えないけど、自分がまだまだ、他人を受け入れられるような、そういう度量がないなと高校の時からずっと感じてて。海外の風にあたって、いろんな価値観を持った人と会って、もっと他人を受け入れられるような人間になりたいなと思ってて。

岩田 けんじはホント変わったよね!今は人の気持ちをちゃんと汲み取ろうとしてるのが伝わってくる。昔はそんなんじゃなかったのに()

永岡 以前はもっと、自分がいかに目立つかとか、いかに面白いと思われるかみたいなことに固執していて。たとえば高校の部活では、部内の8割ぐらいの人たちとはすんなり理解し合えてたけど、残りの2割には受け入れられてないし、逆に自分から巻き込むこともできてないなっていう状態で。その2割の人たちも巻き込んで、何かできるような人になりたいって思いました。

 塩原先生の『共に生きる』を読んで共感したり、多文化共生っていうキーワードに関心があったのも、そういう経験から自分が感じていたことにかなり近かったからだと思います。

 そもそものきっかけは俺、小学校の時、転校したんですけど、東京から山形に。でも、東京のほうで、転校する直前までクラスでいじめられてた子がいて。いつも体育のときに校庭の桜の木にソイツの紅白帽かけられて取れなくするとか、そういうしょうもないイジメがあって、嫌だなと思いながら見ていて。俺もう転校しちゃうし、その前にいじめなんて撲滅させてやろうって思って。それで転校するちょっと前に「もう、やめろよ」ってみんなに言ったら、素直に「ゴメン、悪かった」みたいになってイジメがなくなったっていう記憶、原体験が心の奥底にあって。それ以来なんとなく、マイノリティとか、そういうキーワードにはずっと関心がありました。